The brain dissection
【脳内解剖】
前回好評だった、Designer’s life style。
リクエストにお応えして、今回はデザイナーの宮田氏の40年間の人生に焦点をあててインタビューさせてもらいました。今回は海などドライブをしながらのインタビューを行い残っていた昔の写真も掲載。
デザイナーの脳を解剖してVarde77がどのように誕生したのか、さらには哲学や歴史にも迫ってみたいと思います。前回同様インタビュー形式で掲載させて頂きます。今までベールに包まれていたことなど、赤裸々に語って頂きました。ディープに知りたい人、最近Varde77を知った人のための質問も入っています。ぜひご覧ください!
-今回は少し過去にも遡ったインタビューになります。よろしくお願いします。-
Miyata:
記憶力がかなり低下していますが、よろしくお願いします。笑
昔の写真は画質荒くてすいません。
-まずは簡単なプロフィールを教えてください。-
Miyata:
1977年1月13日 愛知県の名古屋生まれです。性別は男です。笑
名城大学卒業後に上京しています。20代は東京でロサンゼルスに本社のある古着の会社で古着の卸や小売りを経験しました。洋服作りは仕事でも少し経験しましたが、現在のパターンナーと知り合い勉強させて頂きました。
その後2006年に独立してVarde77を立ち上げています。現在は結婚していて奥さんと1人の娘がいます。笑
-今日のファッションのポイントは?-
Miyata:
今日はあえて、学生の頃からずっと履いている古着のコーデュロイパンツで来ました。
19歳ぐらいの時に自分でシルエットを細くしてカスタムしています。靴は2016年モデルのアディダスのキャンパス。これは2年前に2足買っていたのでよく履いています。
同じキャンパスでも今年のモデルはあまり好きではなくて2016年に買っておいてよかった。レザージャケットは2018awの10月に発売する最新作のレザージャケットです。
制作する段階から売れなくても自分だけが着るために作ったようなレザージャケットだったので、めちゃくちゃ気に入っています。
-ファッションに興味を持ったきっかけを教えてください。-
Miyata:
具体的にはよくわからないけど、小学校の頃からダサいケミカルウォッシュのデニムが履きたいと親にわがまま言ったりしていました。
リアル80年代なので本当にダサい格好だったと思います。中学1年か2年の頃にラルフローレンのポロシャツを古着屋さんかなにかで手に入れて、それを大事に洗濯していたのを覚えているので、かっこいいかは別として物心ついた頃から洋服は好きだったように感じます。
実は今まであまり言ったことがないのですが、高校生のころは古着と同時に裏原宿のストリートが大好きで、古着を着ている日もあるし、ストリート系の時もありました。高校生ってまだ自分の方向性が定まっていなくて、いろんな洋服を着て楽しんでいた気がします。大学生だとハイブランドを掛け合わせることも多かったです。
ファッションを好きな人は学生の頃はハイブランドとか欲しくなりますよね。この写真で履いているレザーショートパンツなんかはUNDER COVER(僕の記憶ではUNDER COVERは当初2人でデザインしていました。)の一之瀬弘法氏が別に立ち上げたマイノリティーというブランドだったと思います。当時大人気だっったアイテム。
学生の頃は古着も好きだし、ストリートもハイブランドもいろんなものに興味があって、ファッション雑誌をたくさん読み漁っていましたね。
※高校時代の宮田氏。
-Varde77のコレクションでは度々音楽に関連するコレクションテーマや、音の匂いが漂う作品が多い気がしますが、学生時代から音楽という存在は常に身近にあったのでしょうか?-
Miyata:
中学校の頃はファッションよりも音楽の方にのめり込んでいたと思います。
厳密に言えば、音楽で一番初めに好きになったのはチェッカーズです。
特に藤井フミヤさん。
小学校低学年だったと記憶しています。小学4年生ごろに安全地帯の玉置浩二さん。中学になると、B’Zや尾崎豊さん、長渕剛さんが好きでした。
高校になるとバンドをやっていたため、Sex Pistols・THE MAD CAPSULE MARKETS・Guns N’ Roses・BLANKEY JET CITY・Mr.bigが好きでした。高校生になってライブに行こうと思ったら尾崎豊が死んでしまったのは強烈に覚えています。
大学生の頃は自分たちで様子おかしいバンドを組んでいて、BLANKEY JET CITY・Beastie Boys・Bob Dylan・BECKが熱狂的に好きでした。
ちなみに女性ではPAFFYや椎名林檎さんが好きでした。学生の頃はスポーツの部活は基本的に続かず、家に帰って音楽をやっていました。
※大学生のころの写真。大好きだったBLANKEY JET CITYの中村達也氏と。
Miyata:
大学の頃は「MOUNTAIN」という排泄物のようなバンドというサブタイトルでバンドをやりました。これはもうメチャクチャなバンドで、ギターに全部6弦を貼ってみたり、ギターのピックアップをボーカルマイクに改造したり、タイヤのホイールに革張ってドラムにしたり。
ノイズというジャンルですが、ほぼ雑音でしたね。
来てくれたお客さんも訳がわからなかったと思います。僕はその音楽に衝撃をうけて途中で加入させてもらったのですが、僕以外ちゃんと楽器弾けなかったですからね。笑
※写真はライブ終わりにメンバーと撮った写真。
Miyata:
ちなみにですが、このバンドはDOO RAGとかBOB LOGⅢというバンドに影響を受けて音楽制作していました。当時でも誰も知らないようなマイナーな音楽ですが、さっき探したらYOU TUBEで見つかったので、一応紹介しておきます。笑
ちなみに当時は周りはコーネリアスとかUAとかとにかくオシャレ系の音楽が流行りだしていた時代ですが、すでに時代に反発していました。オシャレ系のマスのスタイルや流行にのるのが嫌だったんだと思います。実はUAは好きでしたけどね!
